ゆかたんブログ

IT戦士ゆかたんこと岡田有花のブログです。フリー記者ですが、ブログには記事未満のいろんなことを書きます。

本が「売れない」時代に……編集者の「今」を知る 『重版未定』『“天才”を売る』を読む

 編集者ってどんな仕事なんだろう・・・そんな疑問に答える本を読みました。

 

 弱小出版社の編集の姿を本人が漫画で描いた『重版未定 弱小出版社で本の編集をしていますの巻』(川崎昌平作)と、漫画編集者のインタビュー集『“天才”を売る 心と市場をつかまえるマンガ編集者』(堀田純司著)です。

 

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 両書とも「編集者」の姿を描いていますが、ほぼ対極といっていいほど見え方が違う一方で、根底では通じ合っており、2冊を読むことで編集者の「今」がリアルに見えてきます。(以下、ネタバレありです)

 

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「重版未定」が描く、出版不況下の編集者の厳しさ

 『重版未定』は、弱小出版社の編集者が自ら描いたという漫画です。シンプルで温かい雰囲気のイラストで、シビアな出版業界の姿が描かれています。出版点数を稼いで何とか食いつなぐ、自転車操業な出版社の様子です。

 編集長「お前さあ、何を考えてこの本を編集した?」

 主人公「間に合わせることだけを考えました」 

 編集長「ならOK」

(第1話 「入稿」より)

主人公「企画を発表します、○○です」 

同僚「類書の売り上げは?」「無理だろこれは」「原価率36%以下にできないか」「実売印税8%以下で書いてくれる有名人なんていないだろ」

(第3話 「企画会議」より)

  とにかくシビアです。数字だけを追っている、追わざるを得ない中小出版社の現実。「編集現場ってこんなに数字第一なのか!」と驚かされました。

  一方で、こんなシーンも描かれています。

 主人公は「バンバン重版のかかる本」を出せず、編集長に辞表を提出しますが、編集長にこう言われます。

「重版しない本はダメな本なのか?」「重版して儲かって・・・それが何だ?」「1000人の読者が求める本と1万人の読者が求める本は違う」「1万人のために編集すると1000人を見捨てることになる」「1万人が求める本ばかり編んでいたら似たような本だらけになる」

(第15話 「辞表」より)

 出版不況の中で「本を編集する」とは何なのか。絵も表現も軽く、クスッと笑えるシーン満載で楽しく読めるマンガながら、深く考えさせてくれます。

 

「面白さ」を追求する編集者たち……「“天才”を売る」

 『“天才”を売る』は、そのアンサーソングのような書籍です。『少年ジャンプ』や『少年マガジン』などそうそうたる漫画雑誌から、『ハーレクインコミックス』『コミックシーモア』など新興媒体の編集者に、「漫画編集とは」を尋ねたインタビュー集。

 「売れる」作品を作ることは大前提にしながらも、「面白い作品を作りたい」と真剣に考え、作家と伴走する編集者の姿をあぶり出しています。根底に流れているのは、編集者の漫画家への敬意です。

 

「だって、マンガ家さんって、ずっと座ってマンガを描き続けることを職業として選んだ人たちなんだよ。その覚悟は尋常じゃない。それだけで頭が下がります。(中略)。本当にめちゃくちゃ尊敬しています。編集者は、そういう漫画家のケツを拭く仕事だと思っています」

(『P.249 『ハーレクインコミックス』明治理子さんインタビューより) 

 

 筆者の堀田さんはそれぞれの編集者に、「いかにも売れなさそうなマイナーテーマ(例えば「ポーランドの革命の英雄のマンガ」)をマンガ家さんから提案されたらどうしますか?」と聞きます。ほとんどの編集者が「ボツにはしない」と話します。

 

――たとえば、まだ賞を獲ったばかりの新人に『僕はポーランドの革命の英雄を描きたい。これを描けないとマンガ家になった意味はない』などと、渋すぎるテーマを提案されたら、さすがに『それはやめとこうよ』とは言わないでしょうか?

 

「いや、それは相撲の話といっしょで、その場でボツには、僕はしたくないですね。『それは相当難しいぞ』という話をして、そこで考えられる『なんで難しいと言うか』という理由をお伝えしたい。その上で『それらのハードルをクリアしたアイディアを考えてみてくれませんか。そうしたら、可能性はあるかもしれません』という打ち合わせをしたいと思います」

(p.36 『少年ジャンプ』小池均さんインタビューより)

 売れるマンガとは、市場のニーズを数字で分析し、「ニーズのないもの」を切り捨てるような通り一遍のマーケティングからではなく、作家の情熱や思い入れから生まれるものであるという考え方は、どの編集者にも共通しているように思いました。

 

 2冊から見えてくるのは、出版社の厳しい現実と、それでも「売れる売れない“だけ”にとらわれず、文化の担い手であろう」「面白いものを作ろう」と奮闘する編集者の姿です。『重版未定』では業界のビジネスとしての厳しさがよりシビアに描かれている一方で、『“天才”を売る』は、一歩引いた形で、作家とともに編集が生み出す「作品」そのものによりフォーカスしています。

 

「お金だけほしいなら、ほかの仕事をしたほうがいい」

 

 筆者は10年以上、Webで記事を書く仕事をしてきました。紙の書籍の「部数」に相当するのは、Webでは「ページビュー」(PV)や「シェア数」に当たると思います。無料媒体の場合、PVは広告売り上げに直結しますから、PVを追うことは、ビジネス上は「正義」です。

 

 ただ、PVを稼げる記事は「芸能ニュース」や「話題のゲーム・アニメの最新情報」または「炎上ネタ」だったりします。『重版未定』の表現を借りれば「1万人のための本」に近いもので、こればかり追っていると疲弊することもあります。

 そんな中で読んだ今回の2冊には、現実を知らされるとともに、勇気をもらいました。

 『重版未定』では、出版社の社長がこんなことを言います。

出版はもう商売にならない。だから稼ごうとしなくていい。文化を創る手伝いをしなさい。

(第14話 「決算」より)

 

 『“天才”を売る』には、こんな言葉がありました。

「今時は世知辛くなりましたから、『五万部の数字を持ってる作家を連れてこなきゃダメだよ』とか平気で言う人もいるようになりましたね。そういうのはもはや企画や面白いといったこととはまったく関係なく『札束もってこい』と言っているのと同じではないか、と感じることがあります。途中をすっ飛ばしてお金だけ欲しいなら、こんな商売はやらずに、みんな株やFXでもやったほうがいい」
(P.280 『モーニング』 宍倉立哉さんインタビューより)

 

 自分も文章を仕事にしているからには、新しいことや面白いことをを伝えて、文化を創る手伝いをしていきたいなあと、改めて思いました。